【世界史B】ゲルマン民族の大移動(受験生に役立つヨーロッパの歴史)【中世編第一回】

ヨーロッパの歴史【中世編】
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こんにちは。今回はいよいよゲルマン人(民族)の大移動を話をします。ゲルマン人がヨーロッパへ大移動してきたことからいよいよヨーロッパは中世に入っていきます。

 

ゲルマン人は、ドイツのGermanの語源ともなっていますが、今のヨーロッパ人の源流(ルーツ)となっています。つまり、ゲルマン人がヨーロッパで拡散したことが今のヨーロッパを作っていると過言ではありません。

 

今までの「受験生に役立つヨーロッパの歴史」シリーズにもあるようにローマが世の中心でしたがゲルマン人中心に移っていきます。この記事を通じてゲルマン人の動きについてきちんと押さえていきましょう。

 

しかも、このゲルマン民族の大移動について、入試では頻出範囲となっています。昨年では京都大、学習院、駒沢、成蹊、早稲田、同志社など名だたる大学の入試でゲルマン人の大移動について出題されています。

 

今まではローマ帝国1国について学んできましたが、これから色々な国が錯綜していきます。正直、わかりにくい部分もでてきますので、しっかりとした理解をつけていきましょう!!

 

今回の記事のポイント・西ローマ帝国滅亡後、ゲルマン人の諸国家が西ヨーロッパにできた

・ゲルマン民族の主要な部族(西ゴート、東ゴート、サクソン、フランク、ヴァンダル)の流れ確認。

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ゲルマン人の大移動

事の発端は376年、ゲルマン人の一派である西ゴート人がドナウ川を越えてローマ帝国領内に侵入しました。395年にテオドシウス帝が東西の帝国を再統一しますが、ゲルマン人たちの侵入を止めることができません。

 

正直なところ、ある日突然知らない人が近所中にいるようになったらビビりますよね。徐々にでなくいきなりゲルマン人が大量にきますから。当時の人にとっては相当焦ったと思います。

 

ちなみに、ゲルマン民族についての記述はカエサルの『ガリア戦記』やタキトゥスの『ゲルマニア』に記載があります。それによると最初、ケルト人を圧迫していき徐々にローマにまで範囲を広げていったそうです。

 

ではなぜ、西ゴート族が移動したかというと、遊牧民フン族たちが東ゴート族を征服したので西ゴート族がフン族から逃れるために南下したのがきっかけだと言われています。376(みな、無)理して移動したんですね…。年号も覚えましょう。

 

覚えておきたい語呂合わせ皆、無(376)してゲルマン民族の大移動

 

また、ゲルマン民族の人口が爆発的に増えて耕作地が少なくなってきたので、肥沃な農耕地帯であるヨーロッパに移住せざるを得なかったという実質的な理由もあります。

 

ちなみに、フン族は匈奴の一派だと言われており、中華だけでなくヨーロッパにまで征服を企む民族ですね。詳しいことは中国の歴史を読んでください。

 

そしてそのうち、西ゴート人だけではなく、サクソン人やフランク人、東ゴート人やヴァンダル人などのゲルマン民族も国境を越えてローマ帝国領内に侵入します。

 

良く出題されるのが、各民族の移動ルートと建国先北アフリカのヴァンダル王国、イベリア半島の西ゴート王国などが頻出です。地図問題もよく出るので要注意ですよ。

 

以下、簡単に各ゲルマン民族の移動先と滅んだ原因について表にまとめました。しっかりと覚えていきましょう。

 

民族建国先(支配地域)滅んだ原因
西ゴートイベリア半島イスラムのウマイヤ朝が滅ぼす(711年)
東ゴートイタリア半島ビザンツ帝国により制圧(554年)→後にランゴバルドが征服
ヴァンダル北アフリカビザンツ帝国ユスティニアヌスが滅ぼす(534年)
フランクガリア北部地域フランス・神聖ローマ帝国・イタリアに分裂する(843年)
サクソンブリテンイギリスの母体となる

 

西ローマ帝国の滅亡

(フン族の王:アッティラ:wikiより)

テオドシウスの死後、ローマ帝国は東西に分裂しました。コンスタンティノープルを首都とする東ローマ帝国は、のちにビザンツ帝国と呼ばれるようになります。

 

一方、西ローマ帝国はゲルマン人の侵入によってボロボロになりました。さらに、451年にはアッティラ率いるフン族が西ローマ帝国に侵入してきます。フン族とは宿敵だったゲルマン民族の西ゴートの助けを借りて、かろうじて退けますが、西ローマ帝国は瀕死状態となります。

 

この戦いをカタラウヌムの戦いと言います。451年なのですが、紀元前451年には十二表法が出されていましたね。横一列(451)と覚えるのでしたね。十二表法の歴史についてはこちら

 

ちなみにこのフン族をまとめていたアッティラ王ですが、自らの婚礼の宴で急死し、その後フンの国は急速に瓦解します。カリスマがいなくなってしまうとカリスマに依存していた組織は瓦解しやすい例でしょう。

 

476年、西ローマ帝国に雇われていたゲルマン人の傭兵隊長オドアケルは、西ローマ皇帝を追放。イタリア王を名乗りました。そのオドアケルも493年東ゴートに滅ぼされます

 

6世紀のゲルマン諸国家

(500年代ゲルマン諸国家:世界の歴史マップより)

西ローマ帝国滅亡後、侵入したゲルマン人たちは各地で自分たちの王国を作りました。ヴァンダルや西ゴートのほかにフランスで王国をつくったフランク人、ブリテン島にわたったアングロ=サクソン人などがいます。

 

出題ポイントはやっぱり地図。ゲルマン民族大移動の地図で地名と場所、民族名を上の表とともに地図で配置を一致させましょう。

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