【世界史B】受験生に役立つヨーロッパの歴史(ヴァイキングの活躍)【中世編第五回】

ヨーロッパの歴史【中世編】

こんにちは。今回も受験生に役立つシリーズをはじめます。今回はヴァイキングとよばれたノルマン人たちの動きについてです。ノルマン人たちはたぐいまれな航海術を駆使してヨーロッパ各地を征服しました。

 

大移動した民族は地図問題でよく聞かれますので、言葉だけではなく、地図の場所もしっかり覚えましょう。きちんとした理解は本当に大事ですよ。

 

今回の記事のポイント・ヴァイキングは北欧に住むノルマン人のこと

・ノルマン人が征服した土地を地図でチェック

・最重要はブリテン島を征服したノルマン=コンクェスト

ヴァイキングとはどのような人々か

ヴァイキングとはいったいどのような人々だったのでしょうか。ヴァイキングの正体はスカンディナビア半島やユトランド半島といった北欧諸国に住むノルマン人のことです。9世紀から12世紀にかけてヨーロッパ各地に進出し、交易や略奪を行いました。

 

ヴァイキングのふるさと

(北欧の衛星画像:wikiより)

ヴァイキングの故郷は北欧のスカンディナビア半島やユトランド半島。現在のノルウェー、スウェーデン、デンマークなどに居住していた人々でした。

 

もともと、ヴァイキングという言葉は、入江(ヴィーク)に住む人々という意味。ノルマン人をヨーロッパの人々がヴァイキングとよんだのです。

 

ヴァイキングが海外に進出した理由ははっきりしませんが、一番可能性が高いのは人口が増え、原住地の食料生産では賄いきれなくなったからだといわれます。

 

ヴァイキングの特徴

(ノヴゴロド国リューリク:wikiより)

ヴァイキングは、普段は交易などを行っていましたが、交易が不調に終わると周辺地域を略奪するなどしたため、西ヨーロッパ沿岸では非常に恐れられました。

 

ヴァイキングが使用した「ロング=シップ」は細身で喫水線が浅い船です。そのため、スピードがあり河川をさかのぼることもできました。

 

ヴァイキングたちはすぐれた航海能力を持っていて、北海沿岸はもとより、大西洋岸や地中海、北大西洋など幅広い海で活躍します。

 

ヴァイキングたちの活動

 

世界の歴史マップより)

ヴァイキングとよばれたノルマン人たちは、北海沿岸やブリテン島、大西洋沿岸を制圧し自分たちの国を建てました。ノルマン人たちの中にはアイスランドを経て北米まで達した者たちもいました。この地図をみたらわかると思いますが、活動範囲が相当広いですね。

 

ヴァイキングの建国のリストを作成しました。これは確実に押さえておきましょう。建国者と国名は特に大事です。以下、詳しくみていきます。

ノヴゴロド公国とキエフ公国

(リューリクの肖像:wikiより)

862年、ノルマン人の一派であるルーシ族がリューリクに率いられロシアに進出。現地にいたスラヴ人たちを征服してノヴゴロド公国を建国します。

 

882年頃、リューリクの一族であるオレーグはさらに南下しキエフを占領します。オレーグはキエフ公国を建国し、南のビザンツ帝国を脅かしました。ルーシ族は次第にスラヴ人に同化していきました。

 

ノルマンディー公国

(ノルマンディー公国の国旗:wikiより)

10世紀の初め、フランスを中心に成立していた西フランク王国は王権が弱く、外敵に対応できない状態でした。9世紀末から10世紀にかけて、ノルマン人たちはセーヌ川やローヌ川をさかのぼりフランスの中心部に攻撃を繰り返していました。

 

911年、西フランク王シャルル3世はノルマン人のリーダーの一人であるロロに、キリスト教改宗し、略奪を止めるならばフランス北西部を与えると提案。ロロが承諾したことで、ノルマンディー公国が誕生しました。

 

クヌートの北海帝国

(クヌート王の肖像:wikiより)

現在のデンマークを拠点としたノルマン人の一派であるデーン人たちは、8世紀の末頃からブリテン島に侵攻を開始します。ブリテン島にあったアングロ=サクソン人の王国はデーン人とたびたび戦いました。

 

11世紀、デーン人はさかんにブリテン島に侵入しました。イングランドの内紛やイングランドでのデーン人殺害事件を発端として、デンマーク王スヴェンがイングランドに上陸しイングランド国王となりました。

 

しかし、スヴェンがまもなく急死したため、スヴェンの子であるクヌートがイングランド王位を引き継ぎます。クヌートはデンマーク、イングランドに加え、ノルウェーも制圧。北海周辺を支配する北海帝国を築き上げました。

 

ちなみに、このヴァイキングについて面白い漫画を紹介します。ヴィンランド・サガという作品です。クヌートも出てきます。最初ほっそりした気弱な美少年が徐々に権力を振りかざす王へと変貌します。すごい面白い作品ですよ。

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両シチリア王国

(ルッジェーロ2世:wikiより)

ノルマン人たちの活動は北海や大西洋にとどまらず、地中海にも及びました。1130年、ノルマン人のルッジェーロ2世シチリア王を名乗ります。さらに、ルッジェーロ2世は南イタリアも制圧しました。この時成立したシチリア王国と南イタリアをあわせて両シチリア王国といいます。

 

アイスランド、グリーンランド、北アメリカ探検

860年頃、ノルマン人たちは北大西洋のアイスランドに進出します。10世紀後半にはグリーンランドに到達しました。

 

992年または1000年頃エリクソンが35人の仲間と共に北米大陸に到達したといいます。これが事実なら、コロンブスの500年以上前にアメリカ大陸に到達したヨーロッパ人がいたことになりますね。

ブリテン島の歴史とノルマン人によるイングランドの征服

(ブリテン島:wikiより)

古代から、ブリテン島は様々な民族の支配を受けてきました。そこで、古代ローマからノルマン人による征服であるノルマン=コンクェストまでをまとめます。一気にいきましょう!

ローマによる属州支配

(ユリウス=カエサル)

古代ローマ人がブリテン島に進出する以前、ブリテン島はケルト人が支配していました。紀元前1世紀、ガリアを征服したユリウス=カエサルがブリテン島の南部を制圧することで、ブリテン島の一部はローマの属州となります。

アングロ=サクソン人の七王国

(ウェセックス王エグバード:wikiより)

5世紀、ゲルマン人の一派であるアングロ=サクソン人がブリテン島に上陸します。テン島はアングロ人の土地という意味のイングランドと呼ばれるようになりました。

 

ちなみに、みなさんが苦労されておられる「英語」ですが、元々は彼らアングロサクソン人の言葉が基礎となっています。当時の英語を「古英語」といいます。

 

イングランドにはアングロ=サクソン人によって七王国がつくられました。そして、829年、ウェセックス王エグバードが七王国を統一しイングランド王国が誕生します。886年、デーン人の侵入が侵入しますが、イングランド王アルフレッドがデーン人を撃退しました。

ノルマン=コンクェスト

(ヘースティングスの戦い:wikiより)

1066年、ロロの子孫であるノルマンディー公ウィリアムがイングランドに侵入します。ウィリアムはヘースティングズの戦いでイングランド王ハロルドを打ち破り、イギリス王として即位。ノルマン朝が始まりました。

覚えておきたい年号の語呂合わせウィリアムが無理やり入れろろ(1066)とヘースティングスでイングランド侵入。

 

ノルマン人によるイングランド征服のことを、ノルマン=コンクェストといいますよ。これにより、フランス地域の言語がイングランドに流入します。現在、英語がフランス語の単語が流入してきます。

 

これによりゲルマン語を語源としていた英語にノルマン=フランス語が並存して入ります。名詞を中心に pork、beef、court、tax、money、などの単語が流入してきます。

お疲れ様でした。今回はここまでです。次回はいよいよローマ教会に入っていきます。「【世界史B】受験生に役立つヨーロッパの歴史(ローマ教会の歴史:成長編)【中世編第六回】」をどうぞ

 


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