南蛮貿易・鉄砲伝来について解説(入試問題演習付き)【日本史第38回】

中世

 

日本が戦国時代の最中だった一方、ヨーロッパでは大航海時代に突入していました。

 

世界進出が進む中、スペインとポルトガルが日本に大きな影響をもたらします。その最たるものとして挙げられるのは南蛮貿易です。南蛮貿易とは簡単にいえば、ポルトガル人・スペイン人と日本との間で行われた貿易のことを指します。この貿易では輸入品として中国から生糸がもたらされ、日本は銀などと交易をしたのでした。

 

またこのころの日本は鉄砲伝来によって戦術に大きな変化が生まれたほか、ザビエルがキリスト教を布教した時代でもありました。

 

今回は南蛮貿易や鉄砲伝来について解説します。秀吉の時代に登場する朱印船貿易とセットで覚えておくとよいでしょう。語呂合わせや入試問題も付いているので、最後まで読んでマスターしていってくださいね。

 

 

この記事からわかること・南蛮貿易が日本に与えた影響

・鉄砲が伝わるまでの流れ

・宣教師によるキリスト教の布教が進むまでの経緯

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大航海時代の到来

 

(フェルディナンド・マゼラン:wikiより)

 

まず日本の戦国時代にあたる時期に、世界がどのような状況だったのかについて見ていきましょう。

 

このころ、ヨーロッパは大航海時代と呼ばれる時代に入っていました。キリスト教の布教や海外貿易の拡大を目指して、ヨーロッパの人々は世界に進出していったのです。

 

その代表的な例として3人をご紹介しましょう。一人目はイタリア人のコロンブスで、スペインの女王イサベルの手助けを受けながら1492年に西インド諸島への到達した人物として知られています。二人目はポルトガル人のヴァスコ=ダ=ガマで、1498年にインド西海岸のカリカットへの到達に成功しました。三人目は同じくポルトガル人のマゼランで、1521年にフィリピン諸島にたどり着いた人物です。

 

この大航海時代の中心にいたのがスペインとポルトガルでした。スペインはフィリピンのマニラを、一方ポルトガルはインドの西海岸のゴアと中国のマカオを拠点としてアジアへと進出していきました。

 

大航海時代のことをもう少し詳しく知りたい方は、「大航海時代について解説(関連入試問題も解く)【世界史B】ヨーロッパ史近代編その2」をご覧ください。

 

当時東アジアでは、日本・朝鮮・琉球・アンナン(ベトナム)などの人々で中継貿易を行っていました。ここに明がいないのは、海禁政策で朝貢貿易以外の民間による私貿易を禁止する方針を採っていたからです。そして中継貿易を進める東アジアの国々の中に、ヨーロッパが参加してきたのでした。

南蛮貿易とは?~鉄砲伝来も解説~

(南蛮貿易:wikiより)

 

1543年にポルトガル人を乗せた中国船が種子島に漂着しました。

 

そこで領主の種子島時尭(ときたか)が鉄砲を購入して家臣に使用法や製造法を学ばせたことが、鉄砲が伝わった流れになります。ポルトガル人はその後、日本との貿易を行うようになったのです。

 

同様にスペイン人も1584年に肥前の平戸に来航し、日本との貿易を開始しました。

これらの貿易のことを南蛮貿易といいます。当時ポルトガル人やスペイン人のことを南蛮人と呼んでいたことが由来です。彼らは日本に中国の生糸や鉄砲・火薬をもたらし、日本のなどと交易をしていました。特に鉄砲は新しい武器として一気に広まり、戦い方にも大きな変化をもたらします。足軽鉄砲隊がその代表的な例です。

 

そして秀吉の時代になると、海外渡航を許可する朱印状を与えた船(朱印船)が貿易を行うようになりました。この貿易は朱印船貿易といいます。

 

では最後にキリスト教の布教について見ていくことにしましょう。

キリスト教の布教活動

(フランシスコ・サビエル肖像:wikiより)

 

キリスト教は1549年、イエズス会の宣教師のフランシスコ=ザビエルによって布教が始まりました。ザビエルは鹿児島にやってきて、大内義隆・大友義鎮といった戦国大名の保護を受けながら活動を行います。宣教師は彼以外にも次々と日本に来て、宣教師の養成学校(コレジオ)や教会堂(南蛮寺)をつくって布教を進めました。

 

戦国大名の中にもキリスト教に入信した者がいて、彼らをキリシタン大名といいます。大友義鎮・大村純忠・有馬晴信・高山右近らが有名です。また大友義鎮・大村純忠・有馬晴信の3大名はヴァリニャーニの勧めで、1582年に伊東マンショらの少年使節をローマ教皇のもとに派遣しました。この使節を天正遣欧使節といいます。

 

語呂合わせ

ここでは、重要な年号にまつわる語呂合わせを3つ紹介します。ぜひ参考にしてみてください。

 

 

以後予算(1543)は鉄砲へ

 

 

以後よく(1549)、広まるキリスト教

 

 

少年が、来航したよ、十五夜に(1582)

 

 

入試問題にチャレンジ

下線部ⓔに関連して、室町時代から戦国時代の地方社会に関して述べた次の文a~dについて、正しいものの組合せを、下の①~④のうちから一つ選べ。

 

a 稲の品種改良が進み、早稲・中稲・晩稲の作付けが普及した。

b 美濃の紙や河内の木綿など、特産品の生産がおとろえた。

c 時宗や律宗からなる林下の布教活動が盛んに行われた。

d イエズス会の布教活動が九州で始まった。

 

①a・c ②a・d ③b・c ④b・d

 

2019年 センター試験 本試験 日本史B 第3問 問6より)

正解:② bは「おとろえた」が間違いです。室町時代には各地で特産物の生産が盛んにおこなわれるようになりました。例としては、三河の綿織物や美濃・但馬の紙などがあります。詳しくは「室町時代の農業・商工業について解説(確認問題付き)【日本史第36回】」の記事をご覧ください。cは「時宗や律宗からなる」が誤りです。林下は地方への布教に力を入れた禅宗諸派のことを指します。もしcが難しい場合は、今回学習したdの内容が正しいと判断して解き進めるとよいでしょう。

 

正解:②
bは「おとろえた」が間違いです。室町時代には各地で特産物の生産が盛んにおこなわれるようになりました。例としては、三河の綿織物や美濃・但馬の紙などがあります。
詳しくは「室町時代の農業・商工業について解説(確認問題付き)【日本史第36回】」の記事をご覧ください。
cは「時宗や律宗からなる」が誤りです。林下は地方への布教に力を入れた禅宗諸派のことを指します。もしcが難しい場合は、今回学習したdの内容が正しいと判断して解き進めるとよいでしょう。

 

 

まとめ

今回は南蛮貿易や鉄砲伝来について解説しました。

 

鉄砲が広まるまでの流れや南蛮貿易がどのような流れで始まったのかについてしっかり覚えておきましょう。キリスト教の布教活動も重要な項目ですので、おさえておいてくださいね。

 

前回の記事「室町文化について解説~絵画・文学・庭園まで幅広く紹介~(入試問題付き)【日本史第37回】」ですのでよければ読んでください。

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