中国の朝鮮半島支配~高麗の歴史まで【朝鮮史その1】

地域史

こんにちは。今回は中国の朝鮮半島支配~高麗までを話します。朝鮮半島は中国による支配を脱したのち、高句麗・百済・新羅の三国時代となります。

 

その後、新羅が朝鮮半島を統一。新羅滅亡後は高麗が朝鮮半島を支配しました。

今回の記事のポイント・前漢の武帝が楽浪郡を設置。後漢の公孫氏が帯方郡を設置。

・楽浪郡などは高句麗によって滅ぼされた

・新羅は唐の力を利用して高句麗・百済を滅ぼし朝鮮半島を統一

・新羅の身分制度は骨品制。新羅の都慶州には仏国寺が建立された

・新羅などを滅ぼした高麗の王建が半島を統一。都を開城においた

・高麗では高麗版「大蔵経」が編纂され、高麗青磁や金属活字の技術が開発

・高麗時代に両班が成立

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中国による朝鮮半島支配と朝鮮の三国時代

(好太王碑文:wikiより)

紀元前195年、中国系の衛満が朝鮮半島に衛氏朝鮮を建国しました。衛氏朝鮮が3代にわたって続いたのち、前漢の武帝が楽浪・真番・臨屯・玄菟の4郡を設置しました。

 

紀元前1世紀、漢の支配地域とは別に中国東北地方から朝鮮半島北部にかけて、高句麗が建国されます。紀元後204年、後漢末期に遼東を治めていた公孫氏は楽浪郡の南半分を帯方郡として分割しました。

 

楽浪郡と帯方郡は三国時代の魏の支配下に入ります。中国が五胡十六国時代の始まりで混乱していた時、高句麗は楽浪郡を滅ぼしました。これにより、中国の朝鮮半島直接支配は終わります。

 

中国が朝鮮半島から手を引いたのち、朝鮮半島には3つの国が成立します。

 

中国東北地方から朝鮮半島北部にかけて支配した高句麗。半島南西部を支配し、日本に仏教を伝えるなどした百済。半島南東部を支配し、日本と朝鮮半島南部の支配権を争った新羅です。

391年、高句麗の王となった広開土王(好太王)は倭や百済、新羅の軍勢を打ち破ったと石碑に記録されました。3国による朝鮮半島支配は1世紀から7世紀まで続きます。

新羅の半島統一

(仏国寺:wikiより)

581年、約370年ぶりに中国全土を統一した隋は、国内を整備する一方、周辺諸国に対して支配下に入るよう働きかけます。隋唐帝国については、以前に「受験に役立つ中国史 隋唐帝国と唐代の文化」で紹介していますので、ぜひ、そちらをご覧ください。

 

614年、隋の煬帝は高句麗に対して支配下に入るよう要求。高句麗が拒んだことから隋による高句麗遠征が行われます。このとき、高句麗は隋の攻撃を退けることができました。しかし、高句麗の力は隋の侵攻で大きく削がれます。

 

高句麗が弱ったスキを突いて強大化したのが新羅でした。新羅は隋の滅亡後に中国を統一した唐と同盟し、百済を挟撃。660年に唐・新羅連合軍が百済を滅ぼしました。

 

百済の王族の一人が倭国にいたため、百済の遺臣たちはその王族を立てて百済復興を目指します。倭国も百済復興を援助。663年、白村江の戦いで唐・新羅連合軍と倭・百済連合軍が激突しました。戦いは唐・新羅連合軍が勝利。倭国は朝鮮半島から手を引きます。

 

668年には高句麗が唐によって滅ぼされました。676年、新羅は朝鮮半島から唐の軍勢を追い出し、朝鮮半島を統一します。

新羅は都を半島南東部の慶州に置きます。慶州には仏国寺が建立され国の威信を示しました。また、新羅では骨品制とよばれる身分制度が採用され、貴族階級を形成します。

高麗の成立

(高麗版大蔵経:wikiより)

10世紀前半になると唐の衰退に歩調を合わせるかのように、新羅も衰退します。それにより、朝鮮半島各地に地方政権が成立しました。

 

918年、王建は新羅北部で自立し高麗を建国します。半島北部の高麗、半島南西部の後百済、半島南東部の新羅が三つ巴で戦う時代が再び到来しました。936年、高麗は後百済や新羅を降伏させ半島を統一します。

 

高麗は都を開城に置きます。高麗では中国にならって科挙を実施。官僚制度を整えます。また、朝鮮半島独特の貴族階級である両班(ヤンバン)が形成されるのは高麗の時代のことでした。

高麗時代には高麗版「大蔵経」の編纂や高麗青磁の生産、金属活字技術の開発など文化的にも高度なものを生み出されました。

 

13世紀後半、モンゴル帝国が金王朝を滅ぼし高麗にも圧力をかけます。高麗は元の圧力に屈しモンゴルの属国となりました。これをよしとしない武人たちは三別抄の乱を起こして元や高麗王朝に抵抗します。しかし、三別抄の乱は1273年に鎮圧されました。

 

13世紀後半、元の皇帝であるフビライは日本遠征を実行。高麗も属国として兵を出しました。元と高麗の軍勢は1274年と1281年に日本に攻め込みますがいずれも失敗します。日本ではこれを元寇といいましたね。

まとめ

当初は中国の支配を受けていた朝鮮半島は中国が魏晋南北朝で分裂時代に入った時に自立。高句麗・百済・新羅の三国時代となりました。三国のうち新羅は唐と結び他の二国を滅ぼして朝鮮半島を統一します。

 

新羅の滅亡後、高麗が朝鮮半島を支配します。高麗では高麗版「大蔵経」の編纂など文化事業も行われました。しかし、元の属国となり元寇で出兵して敗れた痛手により国力が出師ます。

 

次回の内容は「朝鮮国から朴正煕政権までを一気に理解する【朝鮮史その2】」で朝鮮の歴史をおおまかに終わります。

朝鮮国から朴正煕政権までを一気に理解する【朝鮮史その2】
朝鮮半島の歴史について、朝鮮国の建国から戦後の韓国までの歴史を一気に行います。 朝鮮国が建国された後、江華島事件と日朝修好条規から、甲午農民戦争があり、1910年、韓国は日本に併合され、朝鮮は日本の植民地になります。戦後、朝鮮半島は朝鮮戦争により北緯38度線を境に南北で分離独立します。1950年に始まった朝鮮戦争でも南北分断は解消されませんでした。意外と入試にも出るので覚えておきましょう
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