天武天皇から持統天皇までを一気に解説!【日本史B 第11回】

原始・古代

天智天皇の死後、壬申の乱に勝利した天武天皇は、天皇中心の国を作るため制度改革をおこないます。武力で壬申の乱を制した天武天皇に歯向かえる豪族はいなかったので、改革は急ピッチで進みました。

 

天武天皇の死後、天武天皇と皇后鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)の間に生まれた草壁皇子が政治の中心を担います。しかし、草壁皇子が早死にしたため皇后が即位。持統天皇となりました。

 

百人一首に掲載される和歌詠みでもある持統天皇は、飛鳥浄御原宮を都とし天武天皇が目指した律令国家への道を着実に歩み続けます。

  • 天武天皇が都をおいたのは飛鳥浄御原宮
  • 天武天皇が行った皇族中心の政治が皇親政治
  • 飛鳥浄御原令は天武天皇時代に編纂がスタート
  • 八色の姓は天武天皇がつくった新しい身分制度
  • 天武天皇が発効した日本最古の銭貨は富本銭
  • 天武天皇の死後、皇后が即位し持統天皇となった
  • 飛鳥浄御原令を施行したのは持統天皇
  • 持統天皇が作成させた戸籍は庚寅年籍
  • 庚寅年籍作成後、班田収授を実施
  • 持統天皇は都を藤原京に移した
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壬申の乱に勝利し、天智天皇の後継者となった天武天皇の政治

(天武天皇:wikiより)

天武天皇は壬申の乱で荒廃した近江大津宮から飛鳥浄御原宮に都を移し、改革をスタートさせました。場所は奈良県明日香村飛鳥にあったと伝承があります。

 

天武天皇は天皇と皇族を中心とする皇親政治を展開します。天皇中心の国づくりを始めます。

 

675年、豪族たちが持っていた部曲を廃止し公地公民を徹底させました。681年には飛鳥浄御原令の編纂を開始させ、律令による国づくりを明確にします。

 

683年、日本最古の銭とされる富本銭を発行。人々に使用を命じました。さらに、新しい身分秩序である八色の姓(やくさのかばね)を制定します。

 

天武天皇が急速な改革を実行できた背景には、壬申の乱で勝利したという実績がありました。強大な武力を持つ天武天皇にあえて逆らう豪族がいなかったのも当然のことでしょう。

 

天武天皇は皇后である鵜野讃良皇女との間に生まれた草壁皇子を後継者として考えていました。686年に天武天皇が亡くなると、皇后と草壁皇子がともに政治を行うようになります。

飛鳥浄御原宮で政治を行った草壁皇子の母で、百人一首にも掲載された和歌詠みとしても有名な持統天皇の政治

(藤原京)

天武天皇から政権を引き継いだ草壁皇子は、689年に亡くなります。草壁皇子の子である軽皇子(のちの文武天皇)はまだ幼かったため、草壁皇子の母で軽皇子の祖母である鵜野讃良皇女持統天皇として政治を行いました。

持統天皇は天智天皇の娘で、和歌にも秀でた女性でした。同時に、政治的なセンスも優れていたようですね。686年に天武天皇が死去すると、草壁皇子の異母弟で有能な大津皇子が謀反を企てていると知るや、素早く動き大津皇子を自殺に追い込みます。

 

689年、飛鳥浄御原令が施行され、それに基づいて庚寅年籍が作成されました。これ以後、6年に一回戸籍を作り、口分田を支給する班田収授が行われるようになります。

 

694年、持統天皇は都を藤原京に移しました。藤原京は日本で初めて条坊制をしいた本格的な都城です。藤原京は710年に平城京に遷都するまで、日本の政治の中心として機能します。

まとめ

壬申の乱で勝利し、強い力を手に入れた天武天皇は、律令国家建設のため動きました。飛鳥浄御原令の編纂開始や八色の姓の制定、富本銭の鋳造などは天武天皇の関連事項としてよく出題されます。

 

持統天皇の時代になると、飛鳥浄御原令の施行、庚寅年籍の作成、班田収授の実施、藤原京への遷都などが行われました。天武天皇と持統天皇の政策の違いをしっかりと区別できるようにするのが高得点獲得の秘訣ですね。

 

前回の記事「天智天皇と壬申の乱(律令国家への歩み)」

天智天皇と壬申の乱(律令国家への歩み)【日本史B 第10回】
中大兄皇子は孝徳天皇のもとで大化の改新を推し進めます。孝徳天皇と対立した中大兄皇子は飛鳥に去りました。孝徳天皇の死後、中大兄皇子は皇極天皇を重祚させ斉明天皇とし改革を継続します。 斉明天皇の死後、中大兄皇子が天智天皇として即位...

 

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