【世界史B】受験生に役立つヨーロッパの歴史(古代ローマ:ユリウス=カエサル以前)第四回

ヨーロッパの歴史【古代編】
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こんにちは。「受験生に役立つヨーロッパの歴史」シリーズをはじめます。シリーズ第4回のお話は、【古代ローマ】です。しかも、ユリウス=カエサルが力をもつ以前の共和制ローマについてです。

 

ヨーロッパの歴史の中で古代ローマは、共和政ローマ、帝政ローマ、ローマ文化やキリスト教の受容と発展の3つのテーマに分けることができます。

 

そして、この古代ローマは「2020年受験用 全国大学入試問題正解 15 世界史」によれば中央大学(文)の問題などで出題され、国立私立の試験問題366問分析したところ、昨年に比べ出題が4.6ポイント増加したと言われています。

 

つまり、受験生において勉強の重要度が増してきているということですね。

 

さて、地中海全体を支配するローマも、はじめは小さな都市国家でした。小さなローマが巨大帝国に成長した理由を一緒に考えてみましょう。今回は古代ローマの成長期、共和政ローマについて紹介します。

なお、前回は「【世界史B】受験生に役立つヨーロッパの歴史(ペルシア戦争後からヘレニズム時代・文化)」について語りました。よければ読んでください。

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古代ローマ(共和政ローマ)について

ローマは紀元前750年頃にラテン人によってつくられたといわれます。その後、すぐれた技術を持っていたエトルリア人が王となって支配します。紀元前509年、ラテン人たちはエトルリア人の王を追放。貴族による共和政が始まりました。

 

共和政ローマってどんな国?仕組みを紹介

共和政ローマの官職は役職名、仕事内容、任期、人数をセットで覚えましょう。

 

共和政ローマの最高官職は執政官(コンスル)、政治のトップで今の首相にあたります。定員は2名で任期は1年でした。貴族たちは元老院議員として政治に参加します。平民たちだけで開かれる平民会では、平民の代表である護民官が選ばれました。こちらも定員は2名で任期1年です。

 

しかし、非常事態が起きた時は執政官が話し合って独裁官を任命します。任期は半年ですが一人で全て決めることができました。

 

共和政ローマにおける市民権をめぐる争い、身分闘争

ローマが発展し、平民たちの力が増すと大地主である貴族たちと対立するようになります。紀元前494年には平民たちが聖山に立てこもって貴族と対決し、政治的な平等を求めました(聖山事件)。

 

紀元前451年、十二表法が公開されました。法律が文字で公開(文章化された法律を成文法といいます)されることで、貴族たちが勝手に法律を使うことができなくなります。横一(451)列での十二表法と覚えましょう。

 

世界史で重要な事項の語呂合わせきけんぜんに横一列(451)に並んだ十二表法

 

で、年号を覚えるとさらによし。あと、紀元後横一列(451)はカタラウヌムの戦いという西ゴートとローマがフン族のアッティラ王を破る戦いがあります。詳しい内容はこちらです。

 

紀元前367年、リキニウス=セクスティウス法が制定され、執政官の一人は平民から選ばれることになりました。また、リキニウス=セクスティウス法では大土地所有を制限します

 

さらに、紀元前287年にはホルテンシウス法が施行され、平民会の決定が国法となると認められ、平民と貴族の権利は対等になりました。こうした平民が権利を獲得するための戦いを身分闘争といいます。

 

古代ローマの身分闘争の歴史年表前494年 聖山事件(平民が立てこもり)

前451年 十二表法(成文法ができた)

前367年 リキニウス=セクスティウス法(執政官の一人は平民)

前287年 ホルテンシウス法(平民会で法律が制定可)

イタリア半島統一とポエニ戦争

身分闘争が終わり、国内が団結したローマは外へと領土を広げます。共和政ローマの前に立ちはだかったのはフェニキア人の都市国家カルタゴでした。カルタゴとのポエニ戦争に勝利したローマの社会は大きく変化していきます。

 

ちなみに、2019年中央大学文学部の入試でこのカルタゴの場所を聞く問題が出題されています。場所はしっかりと抑えるようにしておきましょう。

イタリア半島の統一

(重装歩兵:世界の歴史マップ

国力がつき、団結力もアップしたローマ人たちは周辺民族を征服します。最初はローマの北のエトルリア人、次にローマの南のギリシア人の都市国家を征服。紀元前272年に、南イタリアのタレントゥムを征服することでローマはイタリア半島を統一しました。

 

この時、ローマ軍の主力だったのが中小農民からなる重装歩兵です。

 

ポエニ戦争(共和制ローマVSカルタゴ)

(ハンニバル=バルカ像)

イタリア半島を統一したローマはシチリア島をめぐって北アフリカにあったフェニキア人の都市国家カルタゴと激突します。第一回のポエニ戦争はローマの勝利。ローマはシチリア島を手に入れ最初の属州としました。(ハンニバルの父が参加していてこれに復讐に燃えてハンニバル第二回から参加します)

 

紀元前216年、カルタゴの名将ハンニバルはローマの不意を突いてアルプスを越えて北イタリアに侵入。迎撃してきたローマ軍を南イタリアカンネーの戦いで打ち破ります。象を連れてアルプス山脈を渡ったという話です。発想がすごいですね。

 

ハンニバルは10年以上にわたってイタリア半島に居座りましたが、ローマの将軍スキピオが手薄なカルタゴ本国を奇襲。引き返してきたハンニバルをザマの戦いで撃破し第二回のポエニ戦争もローマの勝利

 

なんでも、スキピオはハンニバルの戦術をそのまま真似て使ったそうです。ちなみに、この同時期に、劉邦が項羽を打ち破り前漢を建国していますので、注意しましょう。前漢については「【世界史B】受験に役立つ中国史(秦〜前漢末)第二回」に詳しいのでそちらを読んでください。

 

その後、ローマは力を失ったカルタゴを紀元前146年に第三回ポエニ戦争で滅ぼしました。

共和政ローマ社会の変化

ポエニ戦争で勝利したローマはシチリア島をはじめとする属州を手に入れました。属州から入る安い穀物はイタリア半島の中小農民を直撃。農民たちは重装歩兵として従軍するどころではなくなってしまい、ローマ軍は弱体化します。

 

また、属州から大量の奴隷が入り込むことによって奴隷制の大農園ラティフンディアが成立。ローマ国内には安価な穀物があふれ、中小農民は経営難から土地を手放して没落しました。

内乱の1世紀

ポエニ戦争で勝利した結果、かえってローマ社会は混乱してしまいます。

 

土地を失ったローマ市民たちは不満の声を上げました。元老院中心の政治はうまくいかなくなり、実力者が政治を主導する時代になります。内乱の1世紀についてポイントを整理しましょう。

グラックス兄弟の改革

(グラックス兄弟像)

軍の中心だった中小農民を救おう。そう考えたのがグラックス兄弟でした。グラックス兄弟はリキニウス=セクスティウス法を復活させ大土地所有を制限しようとしますが、反対派によって暗殺されてしまいます。

 

グラックス兄弟の死後、イタリア半島では同盟市戦争とよばれる内戦が起き、混乱は深まりました。

マリウスとスラの時代

(マリウス像)   

弱体化した軍を立て直そうとしたのが平民出身のマリウスでした。マリウスは中小農民の復活よりも軍の立て直しを優先。土地を持たない無産市民を軍隊に迎え入れました。

 

これ以後、ローマの有力者たちは自分の資産や国家から支給されたお金で軍を養います。そのため、軍隊が国よりも有力者のためのものとなる「私兵化」がおきました。

(スラ像)

平民の支持を受けたマリウスと対立したのが、元老院が支持するスラです。スラはマリウスの死後に政権を握り、平民派を弾圧します。

第一回三頭政治

スラの引退後、ローマでは元老院による共和政が復活しますが安定しませんでした。紀元前73年には剣闘士奴隷だったスパルタクスが反乱を起こします。

 

こうした混乱を鎮めるため、3人の有力者が手を組みました。大富豪のクラッスス、スラ配下で活躍した不敗の名将ポンペイウス、平民派のリーダーとなっていたカエサル。この三人が結んだ同盟を第一回三頭政治といいます。

 

次回、このカエサルからお話をしていきます。

次回のお話

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