日本国憲法とは?原理及び大日本帝国憲法との違いまで解説(関連入試問題も)【政治第6回】

今回のテーマは、日本国憲法です。

 

日本国憲法の成立過程・基本原理をはじめ、大日本帝国憲法と日本国憲法の違いについても詳しく説明しています。

 

また記事後半では実際に入試で出題された問題をピックアップして解説しているので、ぜひ最後までお読みください。

この記事からわかること

・日本国憲法の成立過程

・日本国憲法の基本原理(国民主権・基本的人権の尊重・平和主義)

・大日本帝国憲法と日本国憲法の違い

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日本国憲法とは

(日本国憲法:wikiより)

日本国憲法は、大日本帝国憲法に代わって成立した国の最高法規です。1946年11月3日に公布され、半年後の1947年5月3日から施行されました。

 

国の最高法規ってどういうこと?
たなかくん
たなかくん

 

国の最高法規とは、憲法が法律のなかで最も強い効力を有することを表した言葉です。よって憲法に反する法律・命令はすべて無効となります。

 

また憲法は国の最高法規であることから、憲法の改正手続きは通常の法律を改正するときよりも厳格です。日本国憲法のように改正手続きのハードルが高い憲法を硬性憲法といいます。

 

手続きの流れは以下のとおりです。

(日本国憲法の改正手続き:オリジナル)

① 衆・参各議院の総議員の2/3以上が賛成した場合、国会が発議する
② 国民投票で過半数の賛成を獲得すれば、改正が決定
③ 天皇が国民の名で公布する

 

S先生
S先生
国会議員が憲法改正原案を提出するには、衆議院で100人以上、参議院では50人以上の賛成が必要です。

日本国憲法の成立過程

(マッカーサー:wikiより)

1945年8月、日本はポツダム宣言を受諾して無条件降伏し、GHQの支配下におかれます。

 

ポツダム宣言は日本に対して、軍国主義の排除・基本的人権の尊重・民主主義の復活・平和的な政府の樹立を求めていました。

 

しかし大日本帝国憲法のままでは、ポツダム宣言の内容を実現できないと考えたGHQの最高司令官マッカーサーは、日本政府に改憲を示唆します。

 

政府は手始めに、憲法問題調査委員会を設置して憲法改正草案を作成しました。作られた試案は、調査委員会のトップだった松本烝治の名字から松本案とも呼ばれます。

 

ところが松本案は、マッカーサーに拒否されてしまいました。大日本帝国憲法と変わらず天皇主権のままで、人権保障にも消極的だったからです。

 

ここでマッカーサーは、①天皇は国の元首②戦争の放棄③封建制度の廃止というマッカーサー三原則を打ち出します。

 

マッカーサーが提示した三原則を踏まえて、GHQが憲法草案を作成し、日本政府に手渡しました。GHQが作成した試案をマッカーサー草案といいます。

 

マッカーサー草案をもとに政府は憲法改正案を作り直しました。そして帝国議会でいくつか修正が加えられたのち可決されます。1946年11月3日に公布され、1947年5月3日から施行されました。

日本国憲法の基本原理

(平和主義の象徴とされる原爆ドーム:wikiより)

日本国憲法は、前文と11章103条からなる本文で構成されており、前文では国民主権基本的人権の尊重平和主義が三大原則として定められています。

 

国民主権とは、国政のあり方を最終的に決定する権利が国民にあるとする考え方です。国民は選挙で選ばれた代表者を通じて主権を行使します。

 

基本的人権とは、人間が生まれながらにして持っている不可侵の権利です。憲法制定の目的の1つに人権保障がありました。日本国憲法では基本的人権として、社会権・平等権・自由権などが定められています。

 

S先生
S先生
人権について詳しく学びたい方はこちらの記事「人権保障の歴史についてわかりやすく解説(入試問題つき)【政治第4回】」もあわせてご覧ください。

 

平和主義は、憲法第9条で規定されている戦争放棄の考え方です。戦力の不保持交戦権の否認が宣言されています。

大日本帝国憲法と日本国憲法の違い

(大日本帝国憲法と日本国憲法の比較表:オリジナル)

大日本帝国憲法と日本国憲法の主な違いは、以下の4つです。

 

 憲法の種類

大日本帝国憲法は天皇が制定した欽定憲法なのに対し、日本国憲法は国民が制定した民定憲法です。

 

 主権

大日本帝国憲法は天皇主権でしたが、日本国憲法では国民主権に変わりました。

 

よって憲法改正の手続きもまったく異なります。大日本帝国憲法では天皇が発議して議会で議決するのに対して、日本国憲法では国会が発議し、国民投票で改正するか否かを決定するのが一連の流れです。

 

 天皇の地位

大日本帝国憲法で天皇は国の元首で、かつ神聖不可侵の存在でした。立法・行政・司法のすべてを実質的に天皇が握っていました。

 

しかし日本国憲法のもとで、天皇は日本国および日本国民統合の象徴とされ、国事行為のみを行います。国政に関する権限は持っていません。

 

 国民の権利・義務

大日本帝国憲法で国民の権利は法律で制限される権利臣民の権利)にすぎませんでした。一方日本国憲法は、人権を人が生まれながらにして持つ永久不可侵の権利として定めました。

 

また大日本帝国憲法では、国民の義務として兵役納税が課せられていたのに対し、日本国憲法では納税のほか、勤労教育を受けさせる義務が規定されています。

 

今回の範囲はここまでです。続いて入試問題を用意しているので、ぜひチェックしてみてください。

入試問題にチャレンジ

問 下線部ⓓ(日本国憲法の制定)について、日本国憲法の制定過程や基本原理に関する記述として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。

① 日本国憲法によって列挙された基本的人権は、法律の範囲内において保障されている。

② 日本国憲法は、君主である天皇が国民に授ける民定憲法という形で制定された。

③ 日本国憲法は、憲法問題調査委員会の起草した憲法改正案(松本案)を、帝国議会が修正して成立した。

④ 日本国憲法における天皇は、国政に関する権能を有しておらず、内閣の助言と承認に基づいて国事行為を行う。

2017年 センター試験 本試験 政治・経済 第1問 問5より)

正解:⑧ ア:「すべての者に人間たるに値する生活を保障する」という記述から、ワイマール憲法だとわかります。イ:「圧制への抵抗」というキーワードが登場するので、フランス人権宣言のことだと判明します。この時点で⑧が正解だと判断できます。ウ:アメリカ独立宣言であれば、「すべての人は平等に造られ」「創造主によって一定の譲ることのできない権利(天賦の権利)」などがキーワードになりますが、そうした言葉は登場しないので、イギリスの権利章典が正解だとわかります。

正解:④ ①:大日本帝国憲法では、問題文のとおり人権が法律の範囲内において保障されていました。しかし日本国憲法では、基本的人権は永久不可侵の権利として定められています。②:民定憲法は国民が制定した憲法です。天皇が授ける憲法は欽定憲法と呼ばれます。③:松本案ではなく、マッカーサー草案が正解です。マッカーサー三原則をもとにGHQ民政局が憲法草案(マッカーサー草案)を作成し、帝国議会で修正されたのち可決されました。

まとめ

今回は、日本国憲法の成立過程と基本原理を解説しました。

 

大日本帝国憲法と比較しながら日本国憲法の特徴をしっかりマスターしましょう。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

前回の記事「世界の政治体制(大統領制・議院内閣制など)について解説(入試問題演習も用意)【政治第5回】」をご覧ください。

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次回の記事「国民主権とは?天皇主権との違いについてわかりやすく解説(入試問題演習つき)【政治第7回】」をご覧ください。

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