明治時代の教育制度についてわかりやすく解説(入試問題&語呂合わせも)【日本史第71回】

今回は明治時代の教育制度について解説します。

 

学制・教育令・学校令それぞれが制定された年や、一つひとつの内容に関してもていねいに説明しました。

 

最後には語呂合わせや入試問題も用意しているので、ぜひ最後までお読みください。

この記事からわかること

・学制・教育令・学校令それぞれの違い

・明治時代に設立した学校(同志社など)

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学制・教育令・学校令それぞれの違い

(森有礼:wikiより)

学制

明治期に入ると、西洋文明を取り入れて近代化を進めようとする動きがさかんになりました。文明開化ですね。

 

教育の分野ではまず1871年に文部省が新設されました。続いて翌1872年には学制が公布されます。学制とは、フランスの学校制度にならって定められた学校教育の制度で、国民皆学を目指して作られました。国民皆学とは、性別に関係なくすべての国民に教育を受けさせることを指す言葉です。

 

法令には大・中・小の3段階に学区を設け、各学区に大学・中学・小学を設置することなどが盛り込まれました。1873年には学制が改正され、当初8つだった大学区を7つにすることが決まります。

 

学制によって義務教育の就学率を高めることには成功したものの、制度自体があまりに画一的で地方の実情を無視した内容だったため、学制反対一揆が起きた地域もありました。また政府内からも批判を受けたことから、1879年に学制が廃止され、代わって教育令が公布されます。

教育令

教育令アメリカ流の教育制度を採用した法令です。教育令では全国画一の学区制を廃止して町村を小学校の設置単位と位置付けるとともに、学校の管理も地方に委ねました。

 

学制と教育令の違いは、強制か自由かという部分にあります。学制は画一的かつ中央集権的な色合いの強い法令でした。対して教育令は、地方の自由を大幅に認めることで、地方の実情に合わせた教育を目指した法律です。

 

しかし教育令は地方に対して自由を認めたがゆえに、放任主義であると批判され、翌年には即改正されます。改正教育令では、学校教育に対する政府の監督責任が強調されました。

学校令

1886年に森有礼文部大臣のもとで、学校令が公布されました。学校令とは、帝国大学令・師範学校令・中学校令・小学校令などの総称です。学校令により、小学校は低学年が尋常小学校・高学年が高等小学校に分けられるなど、学校教育制度の体系が整備されます。さらに尋常小学校卒業までの4年間が義務教育となったこともおさえておきましょう。

1890年には教育に関する勅語(教育勅語)が出され、忠君愛国こそが学校教育の基本であることが強調されました。

 

教育勅語は天皇制の強化を図ったもので、奉読の際には最敬礼をするのが義務でした。しかし1891年に高等中学校の講師だった内村鑑三が最敬礼を拒否したため、教壇を追われる事件が発生します。これが内村鑑三不敬事件です。ではなぜ内村鑑三は最敬礼を拒否したのでしょうか?内村鑑三がキリスト教徒だったからです。教育勅語には天皇の署名があったため、最敬礼できなかったというわけですね。

 

1900年代に入ると、義務教育期間の授業料が無料になったため、就学率が90%を超えました。義務教育の授業料が廃止になった理由としては日清戦争で多額の賠償金が入ったからというのが挙げられます。また1903年には小学校の教科書を文部省の著作に限ることが定められました。教科書の国定化

 

また1907年には義務教育の期間が6年に延長されたこともあわせて覚えておいてください。

設立された学校

(明治時代の同志社大学(今出川キャンパス):wikiより)

1870年代には師範学校・東京女学校・女子師範学校が設けられました。ちなみに東京女子師範学校は現在のお茶の水女子大学のことです。

 

ついで1877年には東京大学ができます。東京大学は1886年の帝国大学令により東京帝国大学となりました。

 

続いて私立学校について見ていきましょう。

 

まず1868年に福沢諭吉慶應義塾(のち慶應義塾大学)を、1875年に新島襄同志社英学校(のち同志社大学)を創設します。さらに1882年に大隈重信東京専門学校(のち早稲田大学)を、1900年には津田梅子女子英学塾(のち津田塾大学)を創立しました。どれも有名な大学ばかりなので、ぜひ知っておいてください。

 

今回の範囲はここまでです。続いて語呂合わせ・入試問題を用意しているので、ぜひチェックしてみてください。

語呂合わせ

ここでは今回登場した重要なキーワードにまつわる語呂合わせを紹介しています。年号の暗記にお役立てください。

学制:人は何(1872)より学制だ
教育令:教育令人はなくなく(1979)勉強に
学校令:いやーやろ(1886)うよ学校令

入試問題にチャレンジ

下線部(3)(教育)に関連して、明治時代の教育に関する以下の記述①~⑤を年代順に古いものから正しく並べたものはどれか。1つ選べ。

① 教育勅語が発布された。

② 教育令が公布された。

③ 学制が公布された。

④ 国定教科書の制度が定められた。

⑤ 学校令が公布された。

イ ①→③→②→⑤→④

ロ ③→②→⑤→④→①

ハ ①→③→⑤→④→②

ニ ③→②→⑤→①→④

ホ ③→①→②→⑤→④

2021年度 早稲田大学 社会科学部 日本史 大問Ⅱ 問3より)

正解:ニ 古いものから順に学制(1872)→教育令(1879)→学校令(1886)→教育勅語(1890)→国定教科書の制度制定(1903)です。よってニが正解となります。

いかがだったでしょうか?

 

今回学習した範囲の内容をしっかりマスターできていれば、早稲田大学のような難関私立大学で出題される日本史の問題も解けるということが理解できたと思います。

 

先ほどの問題に正解できた人は、この調子で学習を続けていきましょう。残念ながら間違えてしまったという人も大丈夫です。記事を通して、今回学んだ内容をもう一度復習しておいてくださいね。

まとめ

今回は明治時代の教育制度について見てまいりました。

 

この記事を通して、学制・教育令・学校令それぞれの違いをしっかり理解していただければ幸いです。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

前回の記事「明治時代の産業についてわかりやすく解説【日本史第70回】」ですのでよければ読んでください。

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