今回のテーマは、精神的自由権です。
三菱樹脂事件や愛媛玉串料訴訟、家永教科書訴訟、東大ポポロ事件など、精神の自由に関連した最高裁の重要判例を中心にわかりやすく解説しました。
また記事の後半には入試問題も用意しています。学習した内容をおさらいできるので、ぜひ最後までお読みください。
この記事からわかること
・精神の自由とは
・精神の自由に関連した最高裁の重要判例
精神の自由とは
(精神の自由:オリジナル)
精神の自由とは、日本国憲法で保障されている自由権の1つです。
そもそも自由権は、公権力の不当な干渉を排除できる権利のことで、精神の自由のほか、経済の自由・人身の自由の全部で3つに分かれています。
憲法では精神の自由として、①思想・良心の自由②信教の自由③表現の自由④学問の自由の4つが保障されています。それぞれについて詳しく見ていきましょう。
思想・良心の自由
思想・良心の自由は憲法第19条に規定されています。
大日本帝国憲法のもとでは、1925年に制定された治安維持法のように思想の弾圧が行われていました。
ゆえに第19条の制定により、公権力が特定の思想を強制したり、政権に反対する思想を持つ人に刑罰を加えたりすることが禁じられたわけです。
また思想・良心の自由は内心の自由であり、いかなる制約も受けず、絶対的に保障されます。過激な思想であっても心にとどめている限り、他人の人権を侵害するおそれはないからです。
思想・良心の自由に関する有名な判例としては、三菱樹脂事件の最高裁判決が挙げられます。
事件の概要は、三菱樹脂に入社したXが大学時代の学生運動歴を隠していたことで試用期間終了後に本採用を拒否されたというものです。
Xは本採用の拒否が思想・信条による差別であり、思想の自由を侵害しているとして訴えを起こしました。
第一審(東京地裁)・第二審(東京高裁)はいずれもXの勝訴でした。しかし最高裁は企業にも雇用の自由があり、特定の思想を有することを理由に本採用を拒否することは違法とはいえないとして、二審判決の破棄・裁判のやり直しを命じました。
信教の自由
信教の自由は憲法第20条で保障されています。
また第20条3項・第89条では、国家があらゆる宗教と結びついてはならないとする政教分離の原則も定められています。
信教の自由に関する最高裁の重要判例は、①津地鎮祭訴訟②自衛官合祀訴訟③愛媛玉串料訴訟④空知太神社訴訟の4つです。
①津地鎮祭訴訟
三重県津市が市立体育館を建設する際、神社神道の儀式である地鎮祭を行い、謝礼などの代金を公金から支出しました。
住民Xは特定の宗教への公金支出が政教分離の原則に反するとして市長を相手に訴えを起こします。
争点となったのは、地鎮祭が憲法第20条で禁止されている宗教的活動にあたるかどうかでした。
1977年に最高裁は、地鎮祭が宗教的活動にあたらないとして合憲判決を下しました。
②自衛官合祀訴訟
原告Xの夫は自衛官だったものの、公務中に亡くなります。自衛隊と隊友会が自衛官の護国神社への合祀を実施したことに対して、Xは合祀手続きの取り消しと損害賠償を求めました。
最大の争点は、自衛官の行動が政教分離に違反し、亡くなった自衛官の妻であるXの信条の自由を侵害したかどうかでした。
1988年に最高裁は、自衛隊の行動が隊員の社会的地位の向上と士気の高揚を図るためのものであり、宗教的活動にあたらないとして合憲判決を下しています。
③愛媛玉串料訴訟
愛媛玉串料訴訟は、愛媛県が靖国神社に玉串料として計16万6,000円を公費で支出していたことに対し、住民が知事を相手取って起こした裁判です。
争点となったのは、神道への公費支出が政教分離に反しているかどうかでした。
1997年に最高裁は、靖国神社への奉納は宗教的意義を持っており、違憲であるとの判断を下しました。
④空知太神社訴訟
北海道砂川市が市有地を空知太神社に無償で提供していることに対して、政教分離に反するとして住民が訴えを起こしました。
最大の争点は、空知太神社への無償提供行為が憲法第20条1項で禁止されている宗教団体に対する特許付与にあたるかどうかです。
2010年に最高裁は、社会通念に照らして判断すると違憲であると結論づけました。
表現の自由
表現の自由とは、自分の思うこと・言いたいことを自分の思う方法で表明する自由です。憲法第21条に規定されています。
表現の自由は、個人の自己実現を図るうえで非常に重要です。また言論活動を通じて国民が政治に対して自由に意見を表明し、民主政治を支えるという観点からも不可欠な権利といえます。
ゆえに表現の自由に対する制約は必要最小限でなくてはなりません。
なおマスメディアによる報道の自由も表現の自由に含まれているので覚えておいてください。
第21条2項は検閲の禁止と手紙・電話などの通信の秘密を定めています。
検閲とは、政府などの公権力が出版物・放送・新聞の内容を公表前にチェックし、不適当と判断した場合には発表を禁止できる制度です。検閲は表現に対する厳しい規制のため、禁止されています。
表現の自由に関連した最高裁の判例は、①「チャタレイ夫人の恋人」事件②家永教科書訴訟③北方ジャーナル事件の3つです。
①「チャタレイ夫人の恋人」事件
事件の概要は、D・H・ロレンスの小説「チャタレイ夫人の恋人」の日本語訳が刊行されたところ、刑法第175条の「わいせつ文書」にあたるとして翻訳者と出版社の社長が起訴されたというものです。
性道徳を維持するために表現の自由がどこまで許容されるかが最大の争点でした。
1957年に最高裁は、翻訳された作品をわいせつ文書と認めたうえで、「表現の自由といえども絶対無制限のものではなく、公共の福祉に反することは許されない」として翻訳者・出版社の社長双方に有罪判決を言い渡しました。
②家永教科書訴訟
家永教科書訴訟は、家永三郎氏が執筆した高校日本史の教科書が文部省の行う事前チェック(検定)で不合格あるいは条件付き合格となったことに対する裁判です。
最大の争点となったのは、教科書検定制度が検閲にあたらないかどうかでした。家永氏は計3回にわたって文部大臣を相手に提訴を行いましたが、1997年に最高裁は教科書検定制度が検閲にはあたらないとして合憲判決を下しました。
③北方ジャーナル事件
北海道知事選挙の立候補予定者に対する批判記事を掲載した雑誌「北方ジャーナル」が名誉毀損を理由に販売禁止の仮処分を受けます。
しかし北方ジャーナル側は仮処分を不服として最高裁判所に上告しました。
1986年に最高裁は、仮処分による事前差し止めは検閲にあたらないとして合憲判決を下します。
本来事前差し止めは許されないものの、被害者が著しく回復困難な損害を被るおそれがある場合は例外的に認められるという結果になりました。
学問の自由
学問の自由は憲法第23条に定められています。
大日本帝国憲法では学問の自由に関する規定はなく、1935年の天皇機関説事件のように、国家権力によって学問の自由が侵されることは少なからずありました。
こうした背景があって誕生したのが第23条です。
また憲法で明文化されていないものの、学問の自由には大学の自治も含まれます。
大学の自治とは、大学内部の運営について、外部からの干渉を受けずに大学の自主的な決定に任せるという原則です。
学問の自由に関する有名な判例としては、東大ポポロ事件が挙げられます。
事件の概要は、東京大学の学生劇団「ポポロ」が教室内で演劇発表会を行った際に、私服警官がいるのを発見した学生が暴行を加えて起訴されたというものです。
争点となったのは、警察官の立ち入りが大学の自治を侵害したかどうかでした。
最高裁は大学の自治については認めながらも、ポポロの演劇発表会が政治的・社会的活動であり、大学の自治を享有しないとして学生に対して有罪判決を下しました。
今回の範囲はここまでです。続いて入試問題を用意しているので、ぜひチェックしてみてください。
入試問題にチャレンジ
問1 下線部ⓒ(K寺の門前町として栄えたJ市)に関連して、J市とK寺のかかわり合いに関心がある生徒Yは、「政治・経済」の授業で学習した政教分離原則のことを思い出し、政教分離原則に関する最高裁判所の判例について調べてみた。最高裁判所の判例に関する次の記述ア~ウのうち、正しいものはどれか。当てはまる記述をすべて選び、その組合せとして最も適当なものを、後の①~⑦のうちから一つ選べ。
ア 津地鎮祭訴訟の最高裁判決では、市が体育館の起工に際して神社神道固有の祭式にのっとり地鎮祭を行ったことは、憲法が禁止する宗教的活動にあたるとされた。
イ 愛媛玉ぐし料訴訟の最高裁判決では、県が神社に対して公金から玉ぐし料を支出したことは、憲法が禁止する公金の支出にあたるとされた。
ウ 空知太神社訴訟の最高裁判決では、市が神社に市有地を無償で使用させていたことは、憲法が禁止する宗教団体に対する特権の付与にあたるとされた。
① ア ② イ ③ ウ ④ アとイ ⑤ アとウ ⑥ イとウ ⑦ アとイとウ
問2 下線部ⓖ(裁判)に関連して、日本の最高裁判所の判決に関する記述として最も適当なものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① 空知太神社訴訟の最高裁判決では、市が神社に市有地を無償で使用させる行為は、政教分離原則に違反しないとされた。
② 津地鎮祭訴訟の最高裁判決では、市が体育館の起工に際して公金を支出して行った神式の地鎮祭は、憲法が禁止する宗教的活動にあたるとされた。
③ 最高裁判所は、父母、祖父母などを殺害する尊属殺人の規定について、その刑罰が普通殺人よりも極端に重いものであるとして、違憲であると判断したことがある。
④ 最高裁判所は、教科書検定制度は検閲にあたり、違憲であると判断したことがある。
(2020年 センター試験 本試験 現代社会 第1問 問7より)正解:② 参議院議員の被選挙権年齢は30歳で、衆議院議員の被選挙権年齢は25歳ですが、同規定に対して違憲判決は出ていません。
問3 下線部ⓒ(意見が価値観の違いがある)に関連して、日本における精神的自由の保障に関する記述として正しいものを、次の①~④のうちから一つ選べ。
① 最高裁判所は、三菱樹脂事件で、学生運動の経歴を隠したことを理由とする本採用拒否は違法であると判断した。
② 最高裁判所は、愛媛玉串料事件で、県が玉串料などの名目で靖国神社に公金を支出したことは政教分離原則に反すると判断した。
③ 表現の自由の保障は、国民のプライバシーを尊重するという観点から、マスメディアの報道の自由の保障を含んでいない。
④ 学問の自由の保障は、学問研究の自由の保障のみを意味し、大学の自治の保障を含んでいない。
まとめ
今回は、精神の自由について解説しました。
重要判例に関しては何が争点となったのか・最高裁がどのような見解をしたのかを一つひとつおさえておきましょう。
最後までお読みいただきありがとうございました。
前回の記事「法の下の平等とは?判例とセットでわかりやすく解説(関連入試問題も)【政治第9回】」をご覧ください。
次回の記事「経済の自由とは?重要判例もわかりやすく解説(関連入試問題も)【経済第11回】」をご覧ください。
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